通過ES実例

ES【京セラ】16卒②

応募のきっかけと志望理由(400字以下)

私が御社を知ったのは父です。実は父が御社の社員で、生まれた時から、御社の社員を大切にする考え方などを父の働く姿から学び、御社の商品である太陽光パネル、セラミックの包丁研ぎなどに愛着をもっていました。しかし、それはほんのきっかけに過ぎません。私は、日本のエネルギーは大きな変革を迎えなければならない時期に来ているにもかかわらず、再生可能エネルギーの全体に占める割合は低いままである現状に強い危機感を覚えます。そして、私なら、その内に秘める危機感と、強みであるコミュニケーション能力と企画力を御社でなら最大限に活かすことができると考えるからです。法人、個人、または海外でのお客様にその大切さをお客様に寄り添ってご理解していただき、世界のエネルギー問題に貢献できると考えるからです。

ガクチカ(一つ以上みっつまで可)(400以下)

「使える英語の勉強」と「ストリートダンス」です。実は、私の大学入学時のTOEICは300 点台でした。しかし、がむしゃらに努力し880点まで上げ、高倍率のアメリカ交換留学を 勝ち取りました。ストリートダンスは、大学のサークルで、仲間と学園祭や地域の催し物で、オリジナルダンスを発表しました。また、アメリカの留学先の大学はダンスが盛んではなく、公演活動を諦めそうになりましたが、地道なソロ公演を通じメンバーを集め、ダンスチームを作りました。チームが公演を繰り返すうち「有名」になっていきました。私はその地域でストリートダンスの知名度を高めることに成功しました。また、自分自身のスキルアップのため、留学先の田舎町から飛行機で片道三時間かけ、何度もロサンゼルスのダンススタジオに通いつめました。限られた時間の有効活用のため周りから驚かれるほど練習し倒しました。こうした努力を通じ、努力は裏切らないことを学びました。

あなたと京セラの考え方の共通点を上記経験を踏まえて具体的に(400以下)

だれにも負けないがむしゃらな努力をすることです。実は、私の大学入学当初TOEICの点数は大学の平均を大きく下回る300点台でした。しかし、どうしても高倍率の交換留学枠を勝ち取りたかった私は、がむしゃらに、少し変わったあることをやり続けた結果、約一年後の留学枠決定審査の時には学部で三位に上り詰めました。そして留学中、日本では決して知り得なかった多様な価値観に触れ、自分を大きく成長させることができ、結果としてTOEICも880点まで伸ばすことに成功しました。また、留学先から飛行機で片道三時間かけて、私がストリートダンスを始めたきっかけでもあるダンサーに直接コンタクトをとり、レッスンを受けました。限られた時間を有効に活用すべく、一回一回のレッスンを130パーセントの本気で取り組む私をみて周囲の人々は私のことをエナジーモンスターだと言っていました。

一番の試練挫折どう乗り越えた 具体的に(400以下)

高校時代に受け入れた留学生ジェームズとの文化と言葉の違いです。先生からホストを依頼され、面白そうと気軽に承諾し、彼の滞在期間である二週間、辞書を片手に必死にコミュニケーションを取ろうとしました。しかし、どこかで彼が「違う」という事実を受け入れていない自分がいることに気づき、そのことに不甲斐なさ、悔しさを感じました。ジェームズに対して申し訳ない気持ちもあり、留学生に最高の体験をしてもらうスペシャリストになると決意しました。私はそれからというものホスト募集の案内を探しては応募し、今までアメリカ、マレーシア、ベトナムなど世界中から10人以上の留学生を受け入れ、それぞれの留学生と下手くそな英語を使いながらお互いのことについて語り、遊びました。ジェームズと過ごしたもどかしく不甲斐ない二週間は、世界には多様な文化、相違する意見が存在することを教え、「違い」を受け入れるきっかけとなった出来事でした。

京セラスピリッツ社員

彼の営業の仕方が私の営業に対するただ製品を売るという固定観念をぶち壊したからです。お客様の課題を解決するために何を売るか、自分で考え「提案」して、製品ではなく課題解決の方法を買っていただく。営業は何を売るにしても人としてお客様に信頼されていなければならないと考えますが、Nさんのされている機械工具の営業は、その信頼は絶対のものでなければならないのだろうと感じました。また、御社が後発でこの分野に参入されたことで、ベンチャーのメリットを併せ持っていると感じたからです。それはお客様の要望にスピードで答えることができるところです。責任の重さはある程度、自己成長に比例すると考える私にとって魅力的だと感じます。

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