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過小評価症候群・・・自信の本当の意味とは?

過小評価症候群・・・自信の本当の意味とは?

年が明けていよいよ本格的に就活モードに入ってきましたね。今現在、ESの回答や自己PRに関して、学生からよく相談されますが、ほとんどの学生(特に私のところに駆け込んでくる学生には多いです)に共通している悩みがあります。

過小評価症候群とは?

「私は、自分に自信がないです・・・」
「僕は、これと言った経験をしてないので、自己PRすることがないです・・・」
といった類の悩み。
周りの就活生のアピール内容に圧倒されて落ち込み、自己PRについて相談すると普通すぎると言われ凹む。こういう苦しみを抱えている人は結構いるでしょう?
ここでハッキリ断言しておきますが、こういう悩みを抱える皆さんは、根本的に考え方を勘違いしています。
勘違いというか、まず自分を過小評価しすぎ。まさに過小評価症候群です。

そもそも「自信」とは何でしょう?

就活、というより社会人における自信というのは、他人と比べての優劣ではありません。
また、何かすごい自分を見つけ出すことでもありません。
例えば、かけっこをすると、必ず1等賞になる子と、走ればいつも最下位になってしまう子がいるとします。
この場合、誰の足がもっとも速いのか?という斬り口で優劣をつければ、そりゃ誰がみたって、1等賞の子が優れているに決まっています。だからその子については、足が速いことについては自信持っていいでしょう。
一方で、足の遅い子は当然ながら自信喪失して、劣等感を持っているでしょうが、果たしてこれは本当に劣っているのでしょうか?
答えはノーです。
是非はともかく、足が速いか遅いか?などという、一点のみの評価で優劣が決まるのは大学受験まで。社会人以降の人物評価というのは、実に様々な斬り口があるんです。
私からすれば、走れば必ず最下位になると判っているのに、毎回かけっこに参加する子の方が、「逆風に耐えて頑張れる」という視点だと、よっぽど優れています。当の本人は授業だから出ないと怒られるし・・・と考えているかもしれないけど、自分の内側のウジウジした気持ちはここでは評価対象ではありません。
このように、眼の前の一つの事象であっても、見方を変えると優劣が逆転するということは社会では普通のことです。少なくとも民間企業というのは会社によって求める人物像も違います。
足が速い学生を採用したい!と思っている会社にいつもかけっこで最下位になる学生が挑んでも内定は出ませんが、じっくり腰を据えて頑張り抜く学生を採用したい!と思っている会社に挑めば、その会社では高い評価を受けて内定がでます。
そういうものなのです、社会というのは。
同じように、「これといった経験がない」と悩んでいる子は、常に自分の人生で1等賞になった経験を探してしまってそれが見つからず落ち込んでいるパターンが圧倒的。
今は大学生なので、こういった偏差値的な価値判断になるのは仕方がないと思います。
でも就活は会社サイドのイベント。つまり社会人の領域のイベントなのです。
だから「これと言った経験」なんて無くても全然構わない。自分のこれまでの体験を、どの斬り口で視るか?ただそれだけの意識で、自己PRなんて簡単に出来てしまいます。

今の自分を等身大で普通に語ること。それが自己PR

今の自分を等身大で普通に語ること。それが自己PRというものです。
よって「自信」とは、今の自分と素直に向き合って、自分の過去を肯定的に認めてあげる、ということになります。
かけっこで1等賞は確かにすごいけれど、履歴書的に言うと、それは「特技」の部分。それだけでは、決して自己PRにはなりません。
今後は自己PRに自信を持つには?という視点で記事をいくつか書いていきたいと思います。
お楽しみに。

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