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【生インタビュー】僕が大手総合商社を3年で辞めた理由

【生インタビュー】僕が大手総合商社を3年で辞めた理由

 
「ファーストキャリア」という言葉がある。
これは、自身の夢・ビジョンの実現のためには今後着くであろう仕事が複数あることを予め想定し、その内のまず最初に就く仕事として仕事を選ぶ、ということを意味する。
 
 
新卒就活市場にも、この流れは間違いなく現れているだろう。
 
 
自身の就職先を選ぶ際に、「年収」「世間体」「ワークライフバランス」などこれまでメジャーだった要因の他に、自身の夢やビジョンを描くために、または自身の人生をトータルで見たときに<今>すべきことを就職先として選ぶ。もしくは、「なんとなく」で就職先を決める、つまり自分の転職の可能性を予め予想した上で就職先を決める「ファーストキャリア」という考え方だ。
 
 
今回お話を伺ったOさんもそのうちの一人だ。
彼は、就活市場において学生から圧倒的人気のある総合商社に入社するも、3年間でその会社を辞め、現在は新規出店予定の居酒屋チェーンで店長として活躍する予定だとのことである。
 
 
Oさんがどういった就職活動をして総合商社に入社し、そして現在のキャリアを歩むまでに至ったのかに迫りたい。
 
 
ここからはOさんにバトンを渡して語ってもらおう。
 

「僕が総合商社に入るまで」

「僕が総合商社に入るまで」

 
まず「なぜ総合商社に入ろうと思ったのか?」という話からしたいと思います。
 
 
父親が海外赴任のサラリーマン(大手電機メーカーです)だったこともあって、僕は高校に入学するまでの15年間をアメリカ、カナダ、ドイツで過ごしました。
こういうと「帰国子女」というイメージが強くなりそうですが、日本人学校に行っていたので英語はからっきしでした。きっと学生の皆さんより英語できないと思いますよ(笑)
 
 
海外居住での経験から、何となく日本人と外国人の生活様式や価値観の違いに興味を持った僕は、大学に早稲田大学の文化構想学部を選びました。
大学に入ると、(おそらく皆さんもそうだと思うのですが)遊び呆けてしまいました。笑
テニスサークルに入り、毎日テニス、飲み会、テニス、飲み会…という日々を送っていました。
大学3年生のとき、「就職活動」を皆が意識し始め、僕もなんとなく自分の進路を考え始めました。
正直、商社の存在その時に初めて知ったのですが、「なんとなくカッコよさそう」という理由で総合商社を中心に受け、結局内定を頂いた財閥系の大手総合商社に入りました。
 
 
のちに人事の方から聞いた話では、
「Oくんは考え方がすごいタフだった。体育会ではないけども、何か困難があった時にタフに考えて解決するまで粘り強く取り組める、その”頭の体力”を評価した。あとは、単純に明るく素直だなと思ったよ。」とのことでした。
正直、自分がタフだとは全く思わないのですが、同期入社した人たちをみると人事の言っていたことが分かるような気がしました。
皆大学時代にやっていたことやバックグラウンドは様々だったのですが、「頭のタフさ」「素直さ」は共通して持っていたように感じました。どんなに長時間喋っていても飽きない、今でも連絡を取り合っている大切な同期です。
 
 

「僕が総合商社に入って思ったこと」

「僕が総合商社に入って思ったこと」

 
一言で言えば僕が入社した総合商社は「最高の職場」だったと誇りを持って言えます。

入社後は、研修ののち自動車部品メーカーを担当する部署に配属されました。主に海外営業や海外進出サポートを担当し、主にシンガポールやタイなどの東南アジアでビジネスを行っていました。
知っている方もいるかと思いますが、総合商社のビジネスは「投資」「物流」の大きく2つから成り立っていると言われていますね。それでいうと僕の仕事は「物流」に当たるかと思います。簡単にいうとクライアントが製造・営業・労務管理などをするためのあらゆるサポートを行っていました。
 
と言っても商社は基本的に「お金になる」と思ったことはな何でもやります。僕がお世話になった先輩の言葉を借りると「金の匂いをいかに敏感に嗅ぎとれるかで商社マンの価値は決まる」ということです。
 
 
よく学生の方からOB訪問などを受けると「仕事のやりがいは何でしたか?」と聞かれることがあるのでそれにも答えておくと、僕のやりがいは「何でもできる、やらせてくれる」ということでした。
商社って、きっと皆さんとても大きい会社をイメージしていてプロジェクトには何百人もの人が関わっていて、、とイメージするかと思うのですが、実情は違うんです。組織が何個にも枝葉のように分かれていて、実働するチームは極々少人数の組織になるんですね。
そこに新人が配属されるわけです。ちょっと放任主義なところもありましたが「お前が気づいたことをそのまま行動に移していい」と先輩に言われた通り、自分が「こうしたほうがいい」と思ったことは全て行動に移すようにしていました。
 
 
結果が出ないこともあったのですが(むしろ結果が出ないのがほとんどでした)、実際に例えばコストカットが出来た、作業能率が上がった、製品の物流フローが改善できたなどの成果につながったときは嬉しかったですね。
 
 

「僕が総合商社を辞めた理由」

「僕が総合商社を辞めた理由」

 
じゃあそんなやりがいのある仕事をなんで辞めたの?という声が飛んできそうなので答えておきます。僕が総合商社を辞めたのは「自分の人生について再考した結果、別の道を歩んだ方が自分が幸せになれると思ったから」です。
 
 
そう考えるに至った転機となる出来事があります。
 
当時タイで働いていた僕は、毎日のルーティーンであった現場視察で現地にあるスプリング(自動車部品の一つです)の工場を訪れました。そこで僕が目にしたのは「その工場の従業員が目を輝かせて活き活きと働いている姿」でした。
僕は彼らに尋ねました。
 
「お疲れ様。君たちはなんでそんなに楽しそうに働けるの?仕事大変じゃない?」
 
すると従業員の一人が答えました。
 
「僕たちは、自分の仕事が世界を良くしているということを自覚しているからこの仕事が楽しいんだ。僕たちの作っている部品が自動車の一部となって、そして世界中の人の笑顔を、生活を支えているということが分かっているんだ。他人を笑顔にさせられたら僕も幸せなんだ。」
 
ああ、なるほど。僕はものすごく腑に落ちました。
 
要は、彼らが仕事をする理由は「自分が幸せになるため」である。
そして「自分が幸せになるため」にはどうすればいいかというと「世界を幸せにすればいい」と考えていたのです。
 
一見当たり前のような考え方にも見えますが、学生時に「なんとなく」就活をした僕には無い考え方でした。その日以来、僕は「僕自身がなんで仕事をするのか 」を考えました。僕自身が幸せになるためには、どうやって世界を幸せにできるだろうか、悶々と考えました。
 
 
そんな中で、僕は一つの答えに行き着きました。
中学までを海外を転々として過ごした僕には、なかなか友達ができなかったのですが、そんな僕でも唯一人と楽しくコミュニケーションできた瞬間がありました。「食事を食べている瞬間」です。
 
それ以来、僕は自分が本当にしたいのは「食」を通して世界を幸せにし、自分も幸せになることなのだと考えました。僕は面談の際に部長にその想いを話し、総合商社を辞めました。入社から3年半が経過していました。
 
 
総合商社を辞めた僕は、
その後飲食店を経営している友人の下で飲食店のイロハを学び、現在はその新規店舗の出店に向けて準備をしています。僕のキャリアは激動しましたが、今はとても前向きな気持ちです。
 
 

「僕が就活生に伝えたいこと」

「僕が就活生に伝えたいこと」

 
僕が就活生に伝えたいのは、一つだけです。
それは「自分が幸せになるために仕事をしてほしい」ということです。
 
 
総合商社に入社し、誰もが羨ましがるようなキャリアや地位を得た僕ですが、そんな環境にあっても「自分が幸せになるためにしたいこと」という価値観はそれをはるかに上回って大切なものでした。
 
 
もしかしたら「自分が幸せになるために必要なこと」が「年収」や「世間体」の人もいるかもしれません。そういった人は是非、「自分が幸せになるために、世界をどう幸せにしようか」という観点を持ってみてください。
 
僕自身が就活時にできなかったことを今就活生である皆さんに求めるのは酷なことかもしれませんが、考えておいて損は無いと思います。キャリアに「絶対」はありませんが、少なくともみなさんの進路選びの助けにはなるはずです。
 
 
僕の体験談が、皆さんの手助けになれば幸いです。
就職活動頑張ってください。

 
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