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名経営者名言集!~其の壱~

名経営者名言集!~其の壱~

日本の高度成長期を支えた偉大なる経営者は、数多くの名言を残しています。
 
独特の哲学感を感じさせる彼らの言葉に、ここで耳を傾けてみませんか。
就活で辛い時に元気をくれるかもしれません。
 
今回は、パナソニックの松下幸之助氏、ホンダの本田宗一郎氏、シャープ早川徳治氏、ソニー盛田昭夫氏についてご紹介します。

◆松下幸之助

世界のパナソニックを築いた松下幸之助氏。
松下政経塾、PHP研究所の設立者としても知られていますね。
9歳の時、父親が米相場で破産し尋常小学校を4年で中退。丁稚奉公に出ます。
16歳で大阪電燈(現在の関西電力)に入社。在職中に電球ソケットを考案しました。
その後独立し、独自の経営哲学で松下電器産業(現在のパナソニック)を世界企業へと発展させました。
 
「自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。」
「成功の姿は、人によってみな異なる。」
「資本をつくるよりも、人を育てることのほうがはるかに難しいのではないでしょうか。」
「目標を持ちなさい。目標をもったらすぐに諦めない。コツコツと、少しずつでもいいから前進することが成功の秘訣だ。」

◆本田宗一郎

高等小学校を卒業し、自動車修理工場・アート商会へ丁稚奉公。6年間働き故郷の浜松で独立しました。その後、本田技研工業株式会社を設立し、世界のホンダを一代で創り上げました。

「失敗のない人生なんて面白くないですね。歴史がないようなもんです。」
「いや、いいんだよ、その油まみれの手がいいんだ。俺は油の匂いが大好きなんだよ。」(仕事中握手を求められた社員が、自分の手が油まみれなのに遠慮して手をさじ出すのを躊躇したときのこと)
「日本一になるなどと思うな。世界一になるんだ。」(ホンダが東京進出した時に)

◆早川徳治

シャープペンシルを発明した発明家であり事業家。1歳で養子に出され、過酷な幼少期を送ります。その後丁稚奉公先で金属加工の技術を習得。それが徳尾錠の開発に繋がりました。シャープペンシルの開発、ラジオ事業への進出を経て、今のシャープを築きます。
 
「まねされる商品をつくれ」(口癖であったとされます)
「良いアイデアの生まれるのは、儲からなくて何とかしようと苦しんでいるときである。だから私は、儲かることをあまり喜んでいない。」
「私は嘘をつかないこと、他人様に迷惑をかけないことを主義としている。また世間と多くの人たちから有形無形の恩恵を受けて生活していることに対する大きな感謝と同時にそのお返しを念願としている。」
「現在会社は5つの蓄積を社是として実践している。「信用」「資本」「奉仕」「人材」「取引先」以上5つの蓄積である。私たちは5つの貯蓄の精神を基盤にしてその実践を身近い現実のものに見て、今日から明日へと自分たちの周りをさらに充実していきたいものである。」

◆盛田昭夫

ソニー創業者の一人。代々続いた愛知県の造り酒屋に生まれました。大阪帝国大学理学部物理学科卒業後、戦時中に戦時科学技術研究会で井深大と出会い、一緒にソニーの前身となる東京通信工業を立ち上げました。
 
「アイデアの良い人は世の中にたくさんいるが、良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。」
「うちは絶対にレイオフしちゃいかん。利益が下がってもいいから、全員をキープしろ。その代わり、不景気の間を利用して社員教育を行う。」(オイルショック時、サンディエゴ工場マネージャーへの発言。クビにせず社員教育を徹底した結果、中核社員が育ち社員のモラルとモチベーションが向上)
「自分を開発し、発展していくためには、他人と同じ考え、同じ行動をしてはいけない。」
「私は新入社員の入社式でいつも次のように言うことにしている。『君たち、ソニーに入ったことをもし後悔するようなことがあったら、すぐに会社を辞めたまえ。人生は一度しかないんだ』」

◆まとめ

どの名言も非常にポジティブで愛に溢れていますね。
こんな気持ちで生きていきたいものです。

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